愛犬との暮らしに上下関係(主従関係)は必要ありません。
過去40年以上にわたってドッグトレーニングの世界では上下関係(主従関係)という考え方が用いられてきました。
その結果、犬の問題行動を重篤化させてしまう方法や、虐待と呼べるほどの激しい体罰、また効果のない方法が延々と繰り返されるというような誤った方法が編み出されてきました。
現在では権威ある団体から上下関係の考え方を否定する声明が出されていますが、飼い主さんやドッグトレーニングに関わりの薄いペット業界関係者の方々には届いていないように感じます。
「そんなことをさせていると上下関係が逆転しますよ。厳しく叱りましょう」
「飼い主に噛みつくのは飼い主が頼りないからです。」
今でもこのようなアドバイスを頻繁に耳にします。
今も根強く続くこの上下関係という考え方について記事を残しておく必要があると感じ、今回改めて書かせていただきます。
●上下関係はどこから来た?
そもそも上下関係(主従関係)という考え方はどこから来たのでしょう。
この上下関係という考え方は、動物が集団の中で示す直線的な順位制に由来しています。
1920年代にノルウェーの動物学者トルライフ・シェルデラップ-エッベ(Thorleif Schjelderup-Ebbe)によって行われた研究がよく取り上げられますね。
彼が行った「つつき順位」と呼ばれる研究では、ニワトリたちが資源(食べ物)をめぐり喧嘩を繰り返す中で築かれる順位制について述べられています。
研究のために集められたニワトリたちは、囲いの中で集団を作ると資源をめぐりあちこちで喧嘩を始めました。そこでそのニワトリたちが示す攻撃行動の方向性に法則があることが見いだされました。
具体的には、個体Aは個体B,C,D,Eをつついて攻撃し、個体Bは自分を攻撃した個体A以外のC,D,Eを攻撃し、個体Cは自分を攻撃した個体A,B以外の個体D,Eを攻撃しました。攻撃行動はこのような法則で行われ、最後の個体Eはすべての個体からつついて攻撃をされました。このような状況を得てこのニワトリたちの集団の中に直線的な順位が築かれたというわけです。
力が強く体の大きい個体が上位になり資源を優先的に取得します。下位の個体はそれに従い争いを避けるようになります。
このような集団の中で見られる直線的順位制は、哺乳類の研究で多く見られたことから、これが群れを構築するシステムだと考えられました。
オオカミの群れには厳しい上下関係があり直線的な順位制がある、って聞いたことありますよね。
犬も同じように直線的な順位を築くとされ、飼い主が上位、犬は下位になるような関係が適切とされてきました。
そのような関係を築くために、犬を仰向けに押さえつける方法や、飼い主の力強さを誇示するためにたくさんの嫌悪的刺激を用いる方法が積極的に行われてきました。
●つつき順位の問題点
しかしつつき順位のような「人為的な空間」の中で見られた行動を、自然の群れに見られるものと同じと考えるべきではないという意見があります。
動物は他の個体と争いになった時、大きく3つの選択肢があります。1つは闘争です。その場にとどまり相手を迎え撃つということです。2つ目は逃走です。相手から攻撃を受けないためにその場から逃げます。戦いに負けた個体は多くの場合逃走します。3つ目は従属です。戦いに負けた後、その場から逃げることができない状況だと、相手の攻撃行動をそれ以上受けないために従うようになります。資源を譲り、顔を背け体を小さくし敵意がないことを示そうとします。それがその環境で生きるための唯一の手段だからです。
つつき順位のような直線的な順位制について考える時、2つ目に示した「逃走」について考えなければいけません。
つつき順位のニワトリたちは人為的に作られた閉ざされた空間にいたため、戦いに負けても逃げることができませんでした。
もしもつつき順位の研究で使われた設備に穴があり、ニワトリたちがその場所から自由に出られる環境であったらどうなっていたでしょうか。ニワトリたちはその場にとどまり直線的な順位は築いたでしょうか。
本来、攻撃行動は相手と距離を空けるために用いられます。もしも自由に逃げられる環境なら、戦いに負けたニワトリはその場から逃げてしまうでしょう。
直線的な順位制を築くためには、その場から逃げることのできない環境が必要ということですね。
私たちのそばにいる犬たちは閉ざされた空間の中で暮らしていると言えます。
彼らを閉ざす囲いは、リードにつながれた状況だったり、飼い主と同じ部屋にいるといった状況でしょう。
そんな彼らに力で支配的に迫れば「順位」を築けてしまうのですね。
でも例えば公園で愛犬のリードが外れたとき、呼んでも戻ってこないのは決して不思議なことではありません。
誰が攻撃的な人のそばにいたいでしょうか。
●上下関係を築くことの危険性
愛犬と上下関係(順位)を築くためには、まず愛犬と戦わなければいけません。そして勝つ必要があります。
ここで大きな問題が生じます。すべての人が愛犬に勝つことができるとは限らないということです。
このような関係を築こうと挑めば、次からは事あるごとに力比べの闘争に発展していくことになります。
飼い主は力を誇示するための手段として体罰に頼るようになり、その体罰もどんどん過剰になっていきます。
犬の攻撃行動も闘争を繰り返すごとに激しくなっていきます。
大きな事故が起こるのはこの時です。
愛犬に大きな怪我を負わしてしまう。飼い主が大きな怪我を負ってしまう。
このような悲惨な事態を招いてしまいます。
もしも愛犬との戦いに勝って従属させられたとしましょう。
でもそれはあなたに対して従属したに過ぎないということを理解してください。
思い出してください。つつき順位のニワトリたちが示した行動を・・・
個体Aはすべての個体を攻撃し、個体Bは自分を攻撃した個体A以外のC,D,Eを攻撃し、、、、という内容でしたね。
個体Aに従属した個体Bは、A以外の他の個体に対して攻撃行動を示していたということです。
あなたに従属した犬は、その場にいる他の人に対して同じように攻撃行動を示すようになるでしょう。
その攻撃の対象はあなたの小さなお子さんかもしれませんよ。
上下関係を築こうとする行為がどれだけ危険か分かりますよね。
犬の問題行動の原因は簡単に上下関係にこじつけられます。
「上下関係が逆転していますね」というのは古いドッグトレーニングの常套句です。
その結果、飼い主と犬との関係は壊れ、犬は執拗に体罰を受けてきました。
このような間違った考え方からはもう離れるべきです。
上下関係(主従関係)という考え方がこの世からなくなることを願います。
参考書籍:Lars Falt,Hundens sprak och flockliv, prism,2004
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