愛犬の警戒吠えに対するトレーニングは先手が大事。

昔、私が勤めていた動物病院は、他の病院と同じように、サービスの一環としてペットホテルもおこなっていました。

これは、そのペットホテルを利用しに来られていた常連のトイプードルさんのお話です。

 

私が勤めていた動物病院では、ペットホテルを利用している犬たちが快適に過ごせるように、ケージ(ホテルのお部屋)以外の広いスペースで可能な限り過ごさせる試みを行っていました。

そのトイプードルさんも、ホテル中は病院の受付で過ごすことが度々ありました。

受付にいるそのコは、スタッフにじゃれて遊んだり、机の下にあるベッドで寝たり、病院に入ってくる人に時々吠えてみたりと、その時その時を気ままに過ごしている様子でした。

 

ある時、

「あのコ、最近よく吠えるようになってない?」

と、受付スタッフから知らされました。

意識して観察してみると、確かにそのコが受付にいる時、病院にやってくる人に対して吠える頻度が増えているように感じました。以前は吠えていなかったようなタイプの人にも吠えるようになっていたのです。

ホテルのお迎えに来たそのコの飼い主さんに話を聞いても、お家での様子に時に変わりはないようです。

病院の受付では、そのコが怖がるようなことは一切していません。

吠える事を叱ったり、大きな音で脅かしたりもしていません。

唯一おこなっていた事は、

そのコが吠えたら、受付から退場させる、という事でした。

隣で犬が吠えていると、飼い主さんとお話ができませんからね。

 

このトイプードルさんの吠えが悪化した要因はなんだったのでしょうか。

 

犬が警戒して吠える“警戒吠え”と呼ばれる行動は、多くの場合、相手を追い払うことが目的で行われます。

そのため、「吠えた結果、相手がいなくなった」という状況を経験すると、次もどんどん吠えて追い払おうするようになるのですね。

この状況を分かりやすく書くと、

「人がいる→吠える→人がいなくなる」

となります。

犬がこの状況を経験することで、人に対する警戒吠えはどんどん悪化していくということです。

この行動の変化を心理学では「負の強化」と呼びます。

 

動物病院の受付にいる犬が、待合室にいる人に対してどんどん吠えるようになっていく要因には、この負の強化が深く関わっています。

 

例えば、

受付で犬が吠えている時に、待合室にいるその相手が診察室に入って行ったとしましょう。

犬目線からすると、吠えたら相手がいなくなったという状況が出来上がります。

本人(犬)は追い払えたと受け取るかもしれませんね。

 

例えば、

受付で犬が吠えている時に、その相手が用事を済ませて出口から出ていったとしましょう。

当然、吠えたら相手はいなくなるので、追い払えたという状況が出来上がります。

 

このような状況を経験することで、待合室の人に対する吠えは、どんどん悪化していくという事です。

 

しかし、、

冒頭で紹介したトイプードルさんは、吠えたらすぐに受付から退場させられていたため、相手が出ていくところを目にしていません。

それにもかかわらず、吠えが悪化したのはどういう事でしょうか。

それは、「人がいる→吠える→人がいなくなる」という警戒吠えが悪化する状況において、

「人がいなくなる」という状況が当てはまるのは、必ずしも相手が退く事だけではない、ということです。

そのコが待合室の人に対して吠えた時、受付から退場させられても、自分側が移動したことで相手が見えなくなったとしても、「人がいる→吠える→人がいなくなる」という状況は成立し、警戒吠えは悪化するのですね。

 

 

この自分側が移動したにも関わらず「吠えたら相手がいなくなった」ということが成立する状況は、日常生活の中でも起こります。

例えば、散歩中に愛犬が他の犬に吠えてしまうという問題。

(ここで取り上げる吠えは警戒吠えという事が前提です。)

愛犬が他犬に吠えている時、相手犬が離れていったり見えなくなったりしたら、当然「吠えたら相手がいなくなった」という状況になり、そこで警戒吠えは悪化するでしょう。

しかし、飼い主さんの中には、

他犬に吠えている愛犬のリードを引っ張って路地に入り、進路を変える方もいらっしゃると思います。

これも、自分側が移動して「吠えたら相手がいなくなった」という状況ができるため、その吠えは悪化するかもしれません。

他犬に吠えている愛犬を、制止するために、抱き上げて視線を遮り吠えやめさせようとする人もいらっしゃると思います。

それでも「吠えたら相手がいなくなった」という状況ができるため、繰り返していると吠えは悪化するかもしれません。

 

警戒吠えは様々な状況でどんどん悪化していきます。

これらの状況で共通して言えるのは、「吠えたら相手がいなくなった」ということです。

愛犬が吠えた後にいろいろと対応しようとしても、簡単に悪化していってしまうのですね。

逆に言えば、吠える前に避ける、吠える前に抱き上げる、という事をおこなうことができれば、吠えの悪化を防ぐことができるかもしれません。

警戒吠えに対するトレーニングでは、愛犬が吠える前に、先手先手で考えていくことが大切です。